清元 秀泰(ひでやす)プロフィール

東日本大震災では、東北大学病院救急医療チームを最前線で指揮。
東北大学の地域医療支援部門 部門長を務め、医療復興を核にした
まちづくりに携わる。その貢献により、文部科学大臣賞受賞。

文部科学省所管の日本医療研究開発機構に出向。調査役として
行政の立場から健康医療戦略等の国家プロジェクトを推進。

清元 秀泰(きよもと ひでやす)
昭和39年(1964年)元日生まれ 54歳
姫路市立谷内小学校、姫路市立城山中学校卒業
兵庫県立姫路西高等学校、国立香川医科大学卒業
医師免許・医学博士取得後、米テキサス大学留学
帰国後、香川大学医学部附属病院を経て、東北大学教授(医学)

 自宅は、姫路市飾東町。妻と一男一女の4人家族。

ふるさと姫路への思い

姫路の歴史と今について、あらためて考えてみました。

石見元秀 元姫路市長像

戦災で荒廃した姫路の復興を進め、戦後の姫路のまちづくりのグランドデザインを描いたのは、現石見利勝市長の父、石見元秀氏です。

元秀氏は、駅からお城へと続く姫路の顔として大手前通り整備、市民の働く場所として産業を誘致、休日のために手柄山一帯の整備、名古山霊園の整備等、市民のライフサイクルのすべてを豊かにするまちづくりを目標に、その具体的施策を強力に進められました。

手柄山に建立された元秀氏像はその手に設計図を持ち、今も姫路のまちづくりの哲学を私に語りかけてくださるようです。

太平洋戦全国戦災都市空爆死没者慰霊塔

1947年(昭和22年)、石見元秀市長が空襲で被災した東京都と112市町に呼びかけ、全国戦災都市連盟が結成されました。1952年、恒久平和の象徴として慰霊碑建設が提案され、手柄山に1956年竣工。地中に突き立てた刀は、不戦の誓いを表し、毎年10月26日には、空爆犠牲者追悼平和祈念式が挙行され、空爆等で犠牲になった人々を追悼します。

謹んで塔の前に立ち、犠牲者の苦しみ、無念さを思うと、人々の生活は平和あってこそとの誓いを新たにしました。

兵庫県立武道館

2020年東京オリンピック・パラリンピック大会に向け、グローバル化、観光振興等の観点から、参加国・地域と地方公共団体が連携して相互交流を図る「ホストタウン」制度があります。

姫路市はフランスのホストタウンとして国に登録され、フランス柔道チームがオリンピックの事前合宿地として姫路市を選び、兵庫県立武道館で練習することになりました。その背景には、フランスに柔道を普及させた姫路出身の柔道家、川石酒造之助(みきのすけ)氏の功績があります。

オリンピック・パラリンピックは東京だけのものではありません。聖火リレーも姫路を訪れることでしよう。お城だけでなく書写山圓教寺などを含めて国際交流の舞台となる場所はたくさんあり、また、姫路市民が海外へ架けた友好の橋はもっとあります。それらを活かしていきたいと思います。

姫路城

姫路城は、今から25年前の1993年に、世界文化遺産として登録されました。さらに、2016年に竣工した平成の大修理を経て、世界で最も訪れたい観光地のひとつとしての地位を不動のものとしています。

一方で、宿泊を伴う観光の比率が少ない、観光客1人当たりの消費額が伸びないなど、多くの観光客が来訪されても必ずしも観光収入に結びついていないことが長年指摘されてきました。しかし、錦鯉の国際的な大会など、イベントの開催場所としての価値は高く評価されており、政策によって、観光・コンベンション産業の未来を大きく広げていきます。改修工事中の登閣者減少を工事見学施設「天空の白鷺」という逆転の発想で超えていかれた石見利勝市長に学びたいと思います。

姫路駅前

こどもが盆暮れに姫路に帰ってくるたびに、「姫路、かっこよくなったね」と言い、久しぶりに訪れる友人が「見違えるようだな」と感嘆する。姫路駅前は変わりました。展望デッキに登り、お城を眺めると、風格ある姫路の顔が浮かび出てきます。

一方、そのもとで日々の生活はどうなっているのでしようか。播磨という一大商圏を築いてきた商業集積は昔の面影なく、また今のような自家用車中心の交通システムが高齢社会を迎えても機能し続けるのか。

姫路の経済にとって大動脈にあたる播磨臨海地域道路建設も必ず実現し、あわせて中心市街地整備に重点的に投入してきた投資を、次には姫路の各地域に投入して姫路全体を魅力あるまちにしたいと思います。考えてみれば、姫路は「姫の路(みち)」、市民も観光客も女性を魅了する道が毛細血管のように張り巡らされたまちになればと夢が膨らみます。

県立はりま姫路総合医療センター(仮称)予定地

JR姫路駅東側で兵庫県が整備する新病院「県立はりま姫路総合医療センター(仮称)」予定地(用地は姫路市が県に無償貸与)に来ています。べッド数は県立病院最多の740床程度、34診療科を備える中核病院として、2022年度前半に開院します。

医師不足、救急医療を課題とする西播磨を含む地域の基幹病院として、十ニ分に機能できるように支援していきたいと思います。あわせて、私がすっと温めてきた政策課題である介護と医療の連携や、待機児童問題、病児保育、また健康寿命をさらに延ばして生涯現役社会を実現することなどにも、果敢に取り組むつもりです。